ゲリラ豪雨や台風で道路が川のように…。「引き返すのが最善」と頭では分かっていても、どうしても先に進まなくてはならない状況に追い込まれるケースも十分考えられます。
この記事では、そんなやむを得ない状況での安全な冠水路の走り方を詳しく解説します。決して冠水路の走行を推奨するものではありませんが、万が一の事態に備えるための、命を守るための知識としてぜひ知っておいてください!
- 1. 冠水路は引き返すのが賢明だが・・・
- 2. やむを得ず冠水路を走る場合の「7つの鉄則」
- 3. 冠水路走行中に起こりうる最悪の事態と対処法
- 4. 冠水路走行後の必須チェック&メンテナンス
- 5. 車の冠水被害は車両保険でカバーできる?
- 6. まとめ
1. 冠水路は引き返すのが賢明だが・・・
本題に入る前に重要なことをお伝えします。それは、「冠水した道路は基本的に走行すべきでない」ということです。
少しの水深だから大丈夫だろう、という安易な判断が、取り返しのつかない事態を招く可能性があります。やむを得ず走行する場合の走り方を解説する前に、まずはその危険性を正しく理解してください。
1-1. なぜ冠水路の走行が危険か?
冠水路が危険な理由は、単に車が水に濡れるから、という単純な話ではありません。複数の致命的なリスクが複合的に存在しているのです。
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車両への致命的なダメージ
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エンジンの停止・故障(ウォーターハンマー現象): 車のエンジンは、空気を取り込むための吸気口(エアインテーク)があります。この吸気口から水を吸い込んでしまうと、本来圧縮できないはずの液体(水)をエンジンが無理に圧縮しようとし、内部の部品が破壊される「ウォーターハンマー現象」を引き起こします。こうなるとエンジンは一瞬で停止し、修理には高額な費用がかかるか、最悪の場合は廃車となります。
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電気系統のショート: 近年の車は電子制御の塊です。ハイブリッド車や電気自動車(EV)はもちろん、ガソリン車であっても、重要なコンピューターやセンサー類が水に浸かることでショートし、走行不能に陥る可能性があります。
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水圧による閉じ込めリスク
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水深が深くなると、外からの水圧でドアが開かなくなります。水深がドアの半分程度に達するだけで、大人の力でも開けることは極めて困難になります。もし車が動かなくなり、水位が上昇してきたら…その恐怖は計り知れません。
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路面状況の悪化と見えない障害物
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冠水した道路の下には、何が隠れているか全く分かりません。側溝やマンホールの蓋が開いていて脱輪する危険性、大きな石や倒木、その他の障害物が沈んでいる可能性もあります。これらに乗り上げれば、パンクや車両下部の損傷に繋がり、走行不能になることも十分に考えられます。
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1-2. 特に危険な「アンダーパス」に注意
冠水路の中でも、特にアンダーパス(線路や幹線道路の下をくぐる掘り下げ式の道路)は進入には気を付けましょう。
アンダーパスはすり鉢状の地形になっているため、周囲の道路から水が流れ込みやすく、短時間で水位が急上昇する特徴があります。入り口付近ではたいしたことがないように見えても、一番低い中心部では驚くほど水深が深くなっているケースが少なくありません。
実際に、アンダーパスで車が水没し、運転手が逃げ遅れて命を落とすという痛ましい事故が毎年のように発生しています。アンダーパスが冠水しているのを見つけたら、迷わず迂回しましょう。
2. やむを得ず冠水路を走る場合の「7つの鉄則」
大原則として冠水路は避けるべきですが、どうしても通行せざるを得ない、まさに最後の手段として走行する場合の具体的な方法を解説します。これは、あくまでリスクを最小限に抑えるための方法であり、安全を保証するものではありません。一つ一つの手順を冷静に、そして慎重に実行してください。
2-1. 水深を見極める
まず最も重要なのが、「安全に通過できる水深か」を見極めることです。無謀な突入は自殺行為に他なりません。
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水深の限界目安: 一般的な乗用車の場合、ドアの下端(サイドシル)やマフラーの排気口が水に浸からない程度が限界の目安とされています。これ以上の水深は、エンジンや電気系統への浸水リスクが飛躍的に高まるため、絶対に進入してはいけません。
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具体的な確認方法:
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歩道の縁石やガードレール、中央分離帯など、普段の水位が分かるものと比較して水深を推測します。
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先行している車がいれば、その車のタイヤやボディがどれくらい水に浸かっているかを確認するのも一つの方法です。ただし、車種によって車高が違うため、あくまで参考程度に留めましょう。
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少しでも「深いかもしれない」と感じたら、迷わず引き返してください。その直感があなたを救います。
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2-2. 速度は「最徐行」で
冠水路を走行する際の速度は、時速10km以下の「最徐行」が鉄則です。急いで抜けたい気持ちは分かりますが、速度を出すことは百害あって一利なし。
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なぜ徐行するのか?:
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速度を出すと、車の前方に波が立ちます。この波がボンネットの上に乗り上げ、エンジンルームに大量の水が流れ込む原因となります。特に、エンジンが空気を吸い込むエアインテークから水を吸ってしまうと、前述の「ウォーターハンマー現象」で一発でエンジンが壊れてしまいます。
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ゆっくり進むことで、水中の見えない障害物を察知しやすくなり、万が一乗り上げた際の衝撃も最小限に抑えられます。
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2-3. 一定の速度を保ち、途中で絶対に止まらない
一度冠水路に進入したら、アクセルを一定に保ち、途中で止まったり、アクセルを緩めたりしてはいけません。
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止まってはいけない理由:
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車が停止すると、マフラーの排気口から水が逆流しやすくなります。エンジンがかかっていれば排気圧で水は入りにくいのですが、停止したりエンジン回転数が落ちたりすると、水が侵入してエンジン不調や停止の原因となる可能性があります。
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一定の速度で進むことで、エンジン回転数をある程度保ち、排気圧を維持することができます。
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2-4. 先行車とは十分な車間距離を
もし前方に車がいる場合は、その車が完全に冠水路を抜けきるまで、十分すぎるほどの車間距離をとって待機してください。
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なぜ車間距離が必要か:
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先行車が立てる波や水しぶきが、自車に悪影響を及ぼすのを防ぐためです。
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万が一、先行車が途中でスタック(立ち往生)してしまった場合に、自車が巻き込まれるのを避けるためでもあります。先行車が止まったからといって、横をすり抜けようとするのは非常に危険です。
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2-5. 対向車が来ても慌てず、道を譲り合う
冠水路の途中で対向車とすれ違う状況は避けたいものですが、もし遭遇してしまった場合は、慌てずお互いの波の影響を最小限にすることが重要です。
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すれ違いの注意点:
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お互いが立てる波がぶつかり、水位が一時的に上昇することがあります。できるだけ速度を落とし、波が大きくならないように配慮し合いながら、慎重にすり抜けましょう。
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可能であれば、どちらかが冠水区間に進入する前に待機し、一台ずつ交互に通行するのが最も安全です。
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2-6. オートマ車は「L」や「1」レンジを活用する
オートマチック車(AT車)の場合、シフトレバーを「D」レンジではなく、「L(ロー)」や「1」といった低いギアに固定して走行します。
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なぜ低いギアを使うのか:
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低いギアに固定することで、意図せずシフトアップしてしまうのを防ぎ、高いエンジン回転数を維持しやすくなります。
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これにより、マフラーからの排気圧を保ち、水の逆流を防ぐ効果が期待できます。また、力強いトルクでゆっくりと進むことができます。
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CVT車の場合は、「S(スポーツ)」モードや「B(ブレーキ)」レンジなどを活用するのも有効です。
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2-7. ハイブリッド車・EVの注意点
ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)も、基本的な走行方法はガソリン車と同じです。走行用のバッテリーやモーターは厳重に防水対策が施されており、水に浸かったからといってすぐに感電する危険性は低いです。
しかし、油断は禁物です。ガソリン車と同様に、高電圧の電気系統が水に浸かることで故障するリスクはゼロではありません。特に駆動用とは別の補機バッテリーや制御コンピューターがダメージを受ける可能性があります。
3. 冠水路走行中に起こりうる最悪の事態と対処法
どれだけ注意していても、不測の事態は起こりえます。万が一、冠水路の真ん中で立ち往生してしまった場合の対処法を知っておくことも、命を守る上で非常に重要です。
3-1. エンジンが停止(エンスト)してしまったら…
もし走行中にエンジンが止まってしまったら、絶対にエンジンを再始動しようとしないでください。一度水を吸い込んでしまったエンジンを無理に再始動させようとすると、ダメージをさらに拡大させてしまい、完全にエンジンを破壊してしまう可能性があります。
エンジンが停止したら、車を諦めて避難することが最善策です。すぐに身の安全を確保することを最優先に考えてください。JAFやロードサービスに連絡するのは、安全な場所に避難してからにしましょう。
3-2. ドアが開かない!水圧の恐怖と脱出方法
水位が上昇し、水圧でドアが開かなくなる状況は、パニックに陥りやすい最も危険なシチュエーションの一つです。
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水圧との戦い: ドアが開かない場合は、慌てずに車内外の水位が同じくらいになるのを待つという方法もありますが、これは浸水速度が遅い場合の最終手段です。水位が急上昇している場合は、一刻も早い脱出が必要です。
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脱出用ハンマーの重要性: このような事態に備え、車内には必ず「脱出用ハンマー」を常備しておきましょう。手の届きやすい運転席のドアポケットやグローブボックスに置いておくことが重要です。サイドガラスは合わせガラスになっているフロントガラスと違い、比較的割りやすくなっています。ハンマーで窓ガラスを割り、そこから脱出してください。
4. 冠水路走行後の必須チェック&メンテナンス
幸いにも無事に冠水路を走り抜けることができても、安心するのはまだ早いです。水に浸かった車は、見えない部分にダメージを負っている可能性があります。走行後には必ず以下のチェックと、その後のメンテナンスを行ってください。
4-1. まずはブレーキの効きを確認(ポンピングブレーキ)
冠水路を抜けた直後は、ブレーキが正常に機能しない可能性があります。ブレーキディスクやドラムと、ブレーキパッドの間に水の膜ができ、摩擦力が著しく低下しているからです。
安全な場所で、後続車がいないことを確認した上で、ブレーキペダルを数回、軽くポンピング(踏んだり離したり)してください。これにより、摩擦熱で水分を飛ばし、ブレーキ本来の性能を回復させることができます。この作業を行わずに普段通り運転するのは非常に危険です。
4-2. エンジンルームや車内の確認
車を安全な場所に停めたら、以下の点を確認しましょう。
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エンジンルーム: ボンネットを開け、枯れ葉やゴミなどが付着していないか確認します。特にラジエーター周辺にゴミが詰まっていると、冷却性能が低下しオーバーヒートの原因になります。
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フロアマットの下: 車内に水が浸入している可能性があります。フロアマットをめくり、床が湿っていないか確認してください。湿っている場合は、雑菌が繁殖し悪臭の原因となるため、早急な乾燥が必要です。
4-3. できるだけ早くプロによる点検を
見た目に異常がなくても、できるだけ早くディーラーや整備工場で専門家による点検を受けてください。
冠水路を走行した車は、以下のような見えない部分にトラブルを抱えている可能性があります。
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オイル類の乳化: エンジンオイルやATフルード、デフオイルなどに水が混入し、乳化(白く濁る)していることがあります。これを放置すると、潤滑性能が低下し、トランスミッションやエンジンに深刻なダメージを与える可能性があります。
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ハブベアリングの劣化: タイヤの回転を支えるハブベアリングのグリスが水で流され、サビや異音の原因となることがあります。
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電気系統の腐食: コネクター部分に侵入した水分が、後から腐食を引き起こし、電気系統のトラブルに繋がることがあります。
「大丈夫だろう」という自己判断は禁物です。後々、高額な修理費用が発生するのを防ぐためにも、必ずプロの目で隅々までチェックしてもらいましょう。
5. 車の冠水被害は車両保険でカバーできる?
万が一、車が冠水被害に遭ってしまった場合、修理費用は自動車保険(任意保険)で補償されるのでしょうか。これは多くの方が気になるところですよね。
5-1. 「車両保険」が適用されるケース
結論から言うと、ゲリラ豪雨や台風による冠水被害は、一般的に「車両保険」で補償の対象となります。
これは「一般型」と呼ばれる補償範囲の広い車両保険だけでなく、いわゆる「エコノミー型(車対車+A)」と呼ばれる限定的な補償の車両保険であっても、多くの場合「台風・洪水・高潮」による損害としてカバーされます。
ただし、地震や噴火、それによる津波が原因の場合は、通常の車両保険では補償されず、別途「地震・噴火・津波危険車両損害補償特約」が必要になるなど、例外もあります。
5-2. 保険を使う際の注意点
冠水被害で車両保険を使う場合、いくつか注意点があります。
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等級ダウン: 保険を使用すると、翌年度のノンフリート等級が1等級ダウンし、事故有係数適用期間が1年加算されるのが一般的です。これにより、翌年からの保険料が上がることになります。
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全損扱い: 修理費用が車両保険の保険金額を上回る場合は「全損」となり、保険金額が支払われます。この場合、修理は行われません。
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契約内容の確認: 最終的には、ご自身が契約している保険の内容によります。不明な点があれば、速やかに保険会社や代理店に連絡し、補償内容を確認することが重要です。
6. まとめ
今回は、やむを得ず冠水路を走行する場合の安全な走り方について、そのリスクと具体的な方法、そして走行後の対処法まで詳しく解説しました。
【冠水路走行の最重要ポイント】
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大原則: 絶対に走行しない。引き返す勇気を持つこと。
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やむを得ず走る場合:
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水深はドアの下端までが限界。
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速度は時速10km以下の最徐行を徹底。
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低いギアを使い、一定速度で止まらない。
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走行後:
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必ずブレーキの効きを確認する。
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見た目に異常がなくても、必ずプロの点検を受ける。
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近年の異常気象により、いつどこでゲリラ豪雨や線状降水帯に遭遇するか分かりません。冠水路を走る知識は、使わないに越したことはありませんが、万が一のときに愛車と自分自身を守ることに繋がります!